連載 営業マン小説 「商社マン しんちゃん。 走る!」 (17)
「商社マン しんちゃん。 走る!」
~営業マン小説:高度成長からバブルを駆け抜け、さらなる未来へ~
筆者の商社マン生活の実体験を小説風にしました。
大日本商事テヘラン支店は、機械、鉄鋼、石油などの
取引を中心とし日本人駐在員数20数名を誇る中東に
おける重要な支店である。
支店を構えて30年以上は経つ、大日本商事の海外支店
の中でも伝統のある海外支店のひとつであった。
「何だ?これは」
日本酒1ダースを宮田からすっと差し出された永井店長は、
目を丸くして言った。
税関でイラン人の検閲官と同じ言葉を発した。
「君は本当に日本酒を持って入国してきたのか???」
「は、はー・・・」
<そやかてあんたがそう言うてたやないけ・・・>
「今まで恒例行事として冗談半分で東京からの出張者に
日本酒の持ち込みをお願いはしてきた。
だが、東京側もだれも真剣に受け取ってくれないし、今までで
本当に持って来る人間なんて誰一人としていやしない。
イランの入国審査でとっつかまるのは目に見えているからね。
だからいつもジョークのつもりで打電していたんだ。
本当に日本酒持って入国してきたのはこのテヘラン支店
30年以上の長い歴史の中でも宮田君、あんたが初めてだ!
それも12本とは!」
宮田は照れ隠しで頭をかいてみたが、これってほめられて
いるのか、馬鹿にされているのかわからないなと感じていた。
長らく日本酒を手にすることがなかったのであろうか、
うれしさのあまり段々興奮してきた支店長は続けた。
「宮田君。
さらに今日は、君の同期でドイツから同じく今日入国
してきた石油部の両国君は、なんと、ポルノビデオを
3本も持って入国してきた。それも貴重なドイツものだ。
あー、今日はなんと素晴らしい日であろうか!
イスラム諸国の中でも特に戒律の教えに忠実で厳しい
このイランの聖地に、日本の二人の勇気ある若者が、
危険を承知で素晴らしいものを持ち込んでくれた。
これはテヘラン店にとって歴史的な日となることだろう。
今日はもう仕事は終わりだ!
早速仕事を切り上げて、我が家で丸の内重工の
皆さんも呼んで、盛大に大日本酒ビデオパーティを
やろうではないか!」
永井支店長はその場で失神してもおかしくないくらい興奮しきって
叫んでいた。
永井支店長の普段の生活が相当抑圧されたものであることは
容易に想像できた。
<アホちゃうか。このおっさん・・・こういう環境で駐在して
いると、こうなるんかなー。こーだけにはなりとうないわ>
支店長宅は、1000坪はあろうかという大豪邸で、日本
企業の支店長クラスはほとんどがこの手の大邸宅を
会社資産として所有し住んでいた。
支店長宅は、運悪くイランの最高指導者ホメイニ氏の
自宅に程近いところの豪邸街にあった。
これが影響してか、支店長宅の周りには多数の瓦礫の
山と大きな穴が無数にあいていた。
支店長宅の周辺が荒れている理由は明快だった。
テヘランの町のすぐ北には5671mもあるダマヴァンド山
という主峰を筆頭に4000mから5000m級の大きな
山脈が連なっている。
ホメイニ氏の自宅を狙って空爆を仕掛けてくるイラク
戦闘爆撃機は、まず急降下してホメイニ氏宅を狙って
ピンポイントで爆弾を落とそうとする。
だが、直前にそびえるこの巨大山脈が邪魔して、降下
体制を長時間維持できずに仕方なくホメイニ氏の自宅の
手前で爆弾を早めにリリースしまうのであった。
その理由は、そのまま低空飛行を続けていると戦闘機が
山脈に激突してしまう恐れがあるからである。
仕方なく早めに落としてしまう場所がちょうど支店長宅の
ある場所にあたっていたので、たびたび会わなくてもいい
爆弾の被害を受けていた。
だが奇跡的に支店長宅への直接的な被害は免れていた。
いったんホテルに戻って、丸の内重工の皆様をお連れ
して支店長宅に着くと、夜の7時は過ぎていた。
次回へ続く。