連載 営業マン小説 「商社マン しんちゃん。 走る!」 (5)
「商社マン しんちゃん。 走る!」
~営業マン小説:高度成長からバブルを駆け抜け、さらなる未来へ~
筆者の商社マン生活の実体験を小説風にしました。
第一章 田舎学生から激動の社会人生活へ
篠原由美子が話し始めた。
「テレックスというのはね。送り先、受信先がコードで決まっているの。
例えばこの{FRM NYKYK}というのは、{大日本商事米国株式会社
機械部から着信}という意味なのよ。
あと、{WND MTKS}なんて略語があって、これは、
{Well noted. Many thanks了解しました。大変ありがとう}
という定例句で、文章の終わりに使うもの。
{PLS IFO YR STUATN ASAP}は{Please inform your situation
as soon as possible 大至急そちらの状況を連絡されたし}。
テレックスの料金は語数に比例して課金されるから、少ない字数で
かつわかりやすく複雑な内容を伝えなくてはいけないから大変なのよ。
それと、プロジェクトによっては、万が一競合他社から情報が盗まれる
ことを考えて、暗号をよく使うの。
例えば海外のお客様のキーパーソンを呼ぶ場合、名前を直接書かずに、
EBI-SAN, TAKO-SAN, IKA-SANなど魚や動物の名前をつけて読んだり、
プロジェクト名にもMAGURO ProjectとかMORINO-KUMASAN Project
とかのようにカモフラージュしたりしているわ。
例えばMAGUROというのは、適当につけているのじゃないのよ。
Malaysia Gulf Rolling Mill Project(マレーシア国湾岸圧延プロジェクト)
の頭文字を取ったりしているわけ。
だけど人に対する魚の名前は、本人がどの魚に似ているかなど冗談半分
のような理由からつけているみたいよ。面白いでしょ」
<おもろいか?これが。そんなことよりめっちゃ大変やん これって。
こんなもん毎日見て、理解して、判断して、それに対して返信するみたい
なこと、えー、そんなんできひんで。絶対できひんって。>
篠原由美子は、宮田の席の横にイスを置いて座り、宮田の顔を覗き込む
ようにしてけらけらと笑った。
宮田は一緒に笑えない自分が悔しかった。本当は余裕を見せて一緒に
げらげら笑いたい。
だけど、ただでさえわからないテレックスに暗号まであると聞いて、これから
自分がしなくてはいけない苦労を考えると、とても笑顔どころか、
余計顔がこわばっていくのであった。
「どないですか? 自分」
突然、声をかけられて、ふっと目の前を見ると、青い目をした金髪の端正な
顔立ちの白人青年が、ウインクをしながら、話しかけてきた。
<どないですかって。突然そういわれても・・・>
「自分宮田君よね。 今晩夜空いてまっか? よかったら赤坂のバーに
連れて行ったげるわ。 篠原さんも一緒に行かへん?どないだ?」
「あのう。すみません。 あなたのお名前は?・・・」
「あー、ごめん。関さんから聞いてへんかった? わて。マイクいうねん。
自分の5年先輩になるねん。一緒の課やから今後ともよろしゅうな。」
「は、はー。 よ、よろしくお願いします・・・」
<こんな人居たかいな? 一体なにもんや???>
マイクと名乗る謎の白人青年をじっと見つめてみた。 見事な金髪が
ウェーブをしながら輝いており、透き通るような色白の肌に、まるで
地中海の海岸のエメラルドブルーのような濃紺色の深い美しい瞳と
まっすぐ鼻筋の通った高い鼻をもった、まさにこれぞ白人美少年とも
いえる風貌を持っていた。
言うならば、ウィーン少年合唱団の美少年が、そのまま大人になった
という感じである。
意外な人物であるマイクに声を掛けてもらい、初めて赤坂の夜の町に
出かけることもうれしかったが、篠原由美子も一緒に来てくれることが
本当はうれしいのであった。
猛烈な勢いで暗号だらけのテレックスの山を何とかこなして、
夜7時30分ごろ、三人は赤坂のネオンの中に消えていった。
次回へ続く。